80kgf/mm2級の高張力鋼(HT80鋼)などにおいては、溶接熱影響部(HAZ)での靭性確保の観点から入熱制限がなされている。その場合、厚板の溶接では両面一層溶接又は多層溶接となることが多く、溶接金属部では後続パスにより再加熱される領域が形成され、溶接金属部の靭性確保のためには、その領域での靭性を検討する必要がある。一方、近年の構造物の大型化及び溶接の高能率化に伴い、大入熱溶接の適用がますます望まれている。 本研究は、HT80鋼を対象とし、溶接金属部での靭性確保の一助とするため、組織と靭性との関連性について検討したものである。まず、溶接金属の靭性に及ばす溶接入熱量の影響について組織面から検討した。次いで、多層溶接時に形成される再加熱域の靭性を調査し、組織との関連性について検討した。さらに、再加熱域の靭性に対する溶接入熱量の影響についても検討し、靭性改善についての考察を行った。得られた知見を要約して以下に示す。1)溶接金属においても、母板のHAZと同様に、大入熱溶接時には靭性劣化が生じるが、その劣化量は母板のHAZに比べると小さいものであった。2)このような溶接入熱量の増加による靭性劣化には、島状マルテンサイト組織の生成及び、組織の粗大化が影響すると考えられた。 3)多層溶接時に形成される再加熱域の靭性は、溶接入熱量によらず、最高加熱温度が750℃〜950℃の領域で溶接のままより劣化した。また、溶接入熱量の増加に伴い、その劣化量も大きくなる傾向にあった。 4)これら再加熱域での最高加熱温度750℃〜950℃の領域での靭性劣化にも、島状マルテンサイト組織の生成及び組織の大きさが影響すると考えられた。 5)溶接金属及び再加熱域の靭性改善に、島状マルテンサイト組織の生成量の低減が有効であることを考察した。
|