放線菌のズブチリシンインヒビター(SSIと略記)は、細菌のセリンプロテアーゼであるズブチリシンBPN'(Eと略記)を強く阻害し、かつ、Eと安定な複合体をつくる。この複合体中では、SSIは良い基質と同じ様な形でEに結合しているが、通常の条件下では酵素触媒反応は進行しない。しかし、特定の狭いpH領域では、この複合体は解離して、Met73-Val74間のペプチド結合が開裂したSSIの分子種(【SSI^*】と略記)を遊離する。【SSI^*】はプロテアーゼ反応産物であり、こゝでは酵素触媒反応が起こったのである。本研究では、【SSI^*】を効率よく生成する条件を明らかにし、かつ、【SSI^*】遊離過程の反応速度論的解析を行った。この様にして生じた【SSI^*】は、球状蛋白質の主鎖に唯1ケ所、特異的に切断が入った分子種として、蛋白質の構造と機能の関係についての研究対象として興味深いものであるのみならず、また、プロテアーゼ反応機構解明のための研究対象としても極めて有用なものである。本研究では、また、【SSI^*】中のチロシン残基(サブユニット中に3個存在する)のプロトン解離定数を、分光々度滴定法により決定し、これらの値が生のSSIの場合とほとんど等しいことを明らかにした。反応部位ペプチド結合の切断によっても、アルカリ性領域では、チロシン残基の環境は余り影響を受けないことが示唆された。しかし、【SSI^*】サブユニット当り唯1個存在するトリプトファン残基由来の紫外部吸収および蛍光のpHによる変化を測定し、酸性pH領域においては、【SSI^*】の構造はSSIに比してかなり不安定であることを明らかにした。さらに、Eのチロシン残基側鎖のpKaの移動に起因する紫外部吸収の変化を指標として、【SSI^*】とEとの結合をストップトフロー法により測定し、pH【>!_】8.5の領域で、【SSI^*】の結合速度はSSIの場合よりも低いことを明らかにした。
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