研究概要 |
温帯〜寒帯域における沿岸性海洋動物プランクトンのある種に休眠卵の存在が知られて以来10数年が経過したが、この現象は当該水域における動物プランクトン個体群の不適環境下における生残と維持に必要なすぐれた適応戦畧であることが認識されるに至った。本研究は海底に存在する休眠卵の分布、生残、孵化に及ぼす底質環境の影響を知り、底質の汚染が動物プランクトンの初期発生量-ひいては個体群動態-に及ぼす影響を評価することを目的としている。 昭和60年6月下旬、瀬戸内海中央部ひうち灘の33定点で海底底土を採集し、底土の理化学的性状と海産枝角類休眠卵の分布と生残との関連を明らかにすることを試みた。存在の確認された3層5種の休眠卵の分布密度は1〜81×【10^3】【m^(-2)】(平均44.4×【10^3】【m^(-2)】)であり、そのうちPenilia avirostrisの卵が平均34.9×【10^3】【m^(-2)】の密度で出現し、全体の78.6%を占めた。卵の分布密度は砂-砂泥質の海底において低く、泥質の多い場所に高い傾向が明瞭である。このことは放出された卵が水中を沈降しつつ水流により次第に海底のある特定の場所に集積してゆくことを示唆する。休眠卵の見かけの生残率(生卵数/生+死卵数,%)は泥分の割合が高く有機物含量の多い場所で低い傾向がある。 昭和61年7月以降、有機汚染により富栄養化した広島県福山港水域に5定点を選定し、毎月1回、枝角類休眠卵の分布密度と孵化率を調査中である。高度に汚染された港の奥部より回収された卵は全く孵化せず、底質汚染による休眠卵の死亡を示唆する結果がえられた。 以上の結果から、沿岸動物プランクトンの発生源として海底に存在する休眠卵は底質の有機汚染により減耗し、次シーズンのプランクトン個体群の初期の発生量やそれに続く生産量を低下させる可能性があると推定される。
|