心臓の収縮と拡張の分子メカニズムを明らかにするため、昨年までX線回析法を用いて分子変化を観測し、アクチンに結合したミオシン頭部の数と収縮張力との関係を調べてきた。その結果、両者に比例関係がなく、多数のミオシン頭部が結合しても収縮状態が弱い状態があることを見出した。今年度は、シンクロトロン規道放射を利用してX線回折技術を改善し、これらの結果を再検討した。ラットの心室筋をサポニンで処理して細胞表面膜を破壊し、細胞内カルシウム濃度を外部から自由に変えられるようにした。カルシウム濃度をpCa6.2〜4.4のあいだで変動させ、いろいろな強さの等尺的収縮を起こさせた。従来は基本的なX線回折像を記録するのに5〜10分もかかったが、今回シンクロトロン規道放射の強いX線を利用したところ、約30秒で記録できた。このため、ひとつの標本で収縮を繰り返して、分子変化を比較できた。この新しい方法により、昨年までの結果が正しかったことを確認した。すなわち、カルシウム濃度が低くて収縮張力が弱いとき、張力に不相応に多数のミオシン頭部がアクチンと結合していることがわかった。高いカルシウム濃度で心筋が最大収縮を起こしているときは、約80%のミオシン頭部が結合した。以上の結果に基づき、次のように結論した。ミオシン頭部とアクチンの結合には、張力を発生するタイプとしないタイプがあって、X線回折では二つを区別できない。カルシウム濃度が低いときは、張力を発生しないタイプの結合が数多く形成される。そのため、アクチンと結合したミオシン頭部の数は多くても、収縮張力は小さい。カルシウム濃度を上昇すると、二種類の結合タイプのあいだの平衡が変わり、張力を発生する結合が増えて収縮張力が増加する。要約すると、心筋では二種類の結合が混在し、両者の平衡はカルシウム濃度に依存する。低いカルシウム濃度では、張力を発生しないタイプの結合が多い。
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