脳に対する性ホルモンの作用には、時間的に異なった経過をたどる二つの現象が分類される。性周期は、性ホルモンの血中濃度の周期的な消長と一致している。他方、個体の発育途上の特定の周期には、性ホルモンが不可逆的に作用して、脳や生殖器の雌雄分化を起す。これらをそれぞれ活性化作用、形成的作用と呼ぶ。雌ラットが交尾の際に示すロードシス反射は、エストロジェンの活性化作用による。雄の脳は形成的作用によりエストロジェン感受性を失っておりロード-シスを示さない。雌では視床下部腹内側核の下行性の出力がエストロジェンにより促進されこの反射が起る。第1年度においては、エストロジェンに反応してロード-シスを解発するニューロンを同定する目的で、雌ラットにおいて行動学的、電気生理学的な実験を行い、さらにこの系における興奮の伝達に関係する神経ペプチドについても行動学的に検討した。第2年度にはエストロジェンの活性化作用の機序を検討する目的で、視床下部室傍核ニューロンを含む脳簿片の灌流標本からの記録を行った。下記に成果を略述する。 1.視床下部腹内側核から中脳中心灰白質に至る神経路を個別に切断し、残存する神経細胞について逆行性興奮の誘発によりエストロジェン感受性を調べた。視索上交連に投射し、腹内側核の吻側に分布する大細胞がエストロジェンにより促進された。 2.視床下部室傍核のオキシトシン産生性神経分泌細胞にも雌だけにエストロジェン感受性が認められた。3.室傍核を含む脳簿片を卵巣摘徐雌ラットから得て、灌流液中にエストロジェンを添加したところ、ニューロン活動に急性的変化が生じることを観察した。 このように性ホルモンが脳に多様な影響を及ぼしているから、これらの現象の分子的機序をイオンチャンネルなどの細胞生物学的レベルで解析することとならんで、脳の高次機能に及ぼす作用を総合的に理解することが今後の課題である。
|