日本産野生マウス由来のH-2遺伝子を近交系マウスであるC57BL/10J系統に導入して作製したB10・MOL-SGRコンジェニック系統は、H-2遺伝領域で高頻度に遺伝子組換を示す。この系統からこれまで数多くのH-2領域内組換系統を確立してきたが、遺伝子組換は特にH-2K-Aβ遺伝子間に集中してみられ、この領域に組換を誘起する特異点が存在することが予想されていた。そこで今年度は、H-2K-Aβ遺伝子間の更にどの部位にこの特異点が位置しているかを分子遺伝子学的手法を用いて解析した。H-2K-Aβ遺伝子間は約300kbの塩基対からなるDNA断片であるが、この領域は、スイス・バーゼル免疫研究所のStein metzらによってコスミッドベクターを使った染色体ウォーキング法で完全に分子遺伝学的に連結されている。今年度は、これらのコスミッドクローンの分与を受け、更に、これまでB10・MOL-SGR系統から確立してきた15のH-2組換系統を対象にして、それらの遺伝子組換がH-2K-Aβのどの部位で生じているかを調べた。このために、まず15の系統の肝臓から高分子のDNAを抽出した。次に種々の制限酵素でDNAを消化した後、H-2K-Aβ遺伝子間の様々な部位にハイブリダイズするDNAプローブを、先に挙げたコスミッドクローンから調製し、サザンブロット解析を行った。この結果、15系統の全ての組換がH-2K-Aβ領域のAβ2-Aβ3遺伝子間の約20kbの部位に限局されていることが明らかになった。従って、B10・MOL-SGRのH-2遺伝領域にはAβ2-Aβ3部位の20kbのDNA断片の中に遺伝子組換を誘発する特異構造が存在することが強く示唆された。また、この分子遺伝学的解析と平行して進めてきた交配実験からは、B10・MOL-SGRの高頻度遺伝子組換が雌の減数分裂に特異的な現象であることが示された。これらの事実から、H-2遺伝子内の組換機構に雌雄によって異なる機作が働いていることが予想され、今後は、性差の問題をも踏まえて組換の分子機構を研究してゆく必要がある。
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