1.分子間電子移動の素過程に対する可能な種々の機構を多電子系の分子軌道理論に基いて分類定式化し、いくつかの新知見を得た。まず、電子移動の行列要素は互いに独立な過程を表わす4つの項、即ち、弾性的トンネル機構(【T_1】)、占有分子軌道を介した2重交換機構(【T_2】)、非弾性的トンネル機構(【T_3】)及び、非断熱機構(【T_4】)からなる。特に【T_3】は電子と分子内電荷のプロモーティングモード振動との相互作用に由来し、その電荷が電子移動径路に近在するとき径路の凝一次元性のため著しく増大し、【T_1】よりもはるかに大きく成り得る。 2.電子移動速度のフランクコンドン因子について、分子振動の非調和(3次と4次)性を考慮した理論公式を多体問題のグリーン関数法を用いて導出し、その寄与を評価した。この効果はせいぜい1ケタの速度変化を与えるにすぎないが、バクテリアの【(Bchl)(^+-2)】I【Q(^-+A)】→【(Bchl)_2】I【Q_A】 反応における負の活性化エネルギーを良く説明する。 3.極性溶媒中分子内電子移動反応に対するMarcus理論が破れる領域において、C-C結合やC-H結合等の高振動数伸縮振動が及ぼす量子効果を分子対毎に評価して実験結果をほゞ満足に説明できた。 4.上記4つの内プロモーティングモードフォノン誘起トンネル機構(【T_3】)が支配的であろうことは、チトクロムC酸化の【H_2】O/【D_2】O同位体効果より明らかである。 5.バクテリアの反応中心複合体における電荷分離過程について、既報のX線回析構造中に水素結合を含み且つ最短の電子移動径路を探索し、上記【T_3】を評価して各素過程の速度を計算したところ実測値との良い一致を得た。 6.光合成的水分解反応の分子機構を筆者の2核Mnの作るミクロな触媒界面モデルに基いて確立するため、非経験的分子軌道法による構造最適化を【S_0】と【S_1】状態について行ないEXAFS解析の結果と良く一致するMn-Mn原子間距離を得た。又【S_1】が【S_0】よりも安定であるという結果も得た。
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