輸送方程式に荷電状態のパラメータを盛り込んで、重イオンの物質中での荷電分布と阻止能、ストラグリングを合理的に結びつけるため、以下の2つの立場から研究された。第一の問題である1個の重イオンに対する阻止能とストラグリングは、誘電関数法と局所電子密度モデルで計算された。その際、重イオンの物質中での平均電荷はベッツの半経験公式から求めた。カーボン標的の阻止能はUイオンのサイズが有限の場合と点電荷とみなした場合とでは、一核子あたりのエネルギーが数MeVのエネルギー領域で、前者が後者より50%ほど大きな値となる。しかし、実験データは点電荷とみなした計算の方に近い。このことは、物質中での平均電荷と阻止能から求められる有効電荷が同じであることを意味する。また、電子捕獲に伴なう阻止能とストラグリングに対する評価式を、ボーア・リントハルトの電子捕獲理論を基礎として解析的に求めた。実験的にこれらを評価することはまだあまり行なわれていないが、エネルギー損失過程の一つとして考慮されねばならない。第二の問題である荷電状態分布については、気体と固体の電子密度の空間分布の相違が重イオンの電子損失断面積に及ぼす効果を調べた。ユニタリー条件をみたす衝突径数法を用いて水素型イオンがカーボン標的と衝突したときの断面積は、ピークエネルギー付近で、固体電子密度モデルの方が気体のそれよりも40%ほど大きな値となる。低エネルギーおよび高エネルギー側では両者の差異は小さくなる。これは、電子密度が変化したことにより、イオンに加わる原子のポテンシャルがボーァ半径程度の距離のところで15eV程度増加することにより説明される。両モデルの荷電分布に及ぼす差異を評価するには電子捕獲断面積での差異を論じなければならない。これも含め、平均電荷における密度効果や固体の内外での平均電荷の差などの系統的取り扱いも今後の課題である。
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