ミトコンドリア局在の蛋白は、大部分が核DNAにコードされ、細胞質でN-末端に数十のアミノ酸から成るPresequenceをもつ前駆体として合成され、膜を透過して内部に移行する。我々は、ミトコンドリアATP合成酵素の活性を調節する三種の蛋白因子前駆体の構造決定とその膜透過機構についての研究をすすめてきた。そのうち、内在性ATPアーゼインヒビターのpre-sequenceは、他の数種の蛋白前駆体のものと一致する部分構造をもつことに注目し、そのペプチド(R・L・L・P・S・L・G)を化学的に合成し、信号機能を調べた。 上記合成ペプチドは、ミトコンドリアに特異的に疎水性相互作用によって強く結合する。成熟型ATPアーゼインヒビターやホロチトクロームCでは、このような結合は起らないが、透過し得るアポチトクロームCでは同様の結合がみられ、透過蛋白としてのミトコンドリア受容体との相互作用であることが示唆された。ミトコンドリアをトリプシン処理すると結合は起らなくなり、受容体は蛋白性のものと考えられる。また、この合成ペプチドは、ATPアーゼインヒビター前駆体のミトコンドリアへの結合を強く阻害した。これらのことは、前駆体の信号構造がこのペプチドの構造に存在することを示すと考えられる。ATPアーゼインヒビター前駆体の膜透過はアポチトクロームCにより全く影響されないことから、異なる受容体の存在が示された。信号構造について、種々の合成ペプチドのミトコンドリアとの相互作用をみることにより調べた結果、アルギニン残基の存在が不可欠であるとわかった。 以上の結果は、数種の前駆体presequenceに共通構造の上記合成ペプチドは、ミトコンドリア認識の構造をもつことを示し、presequenceに一般的に大量に含まれる塩基性アミノ酸が、前駆体の膜透過に決定的な役割を果たすと考えられる。
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