本研究は、上側頭溝中央部に於て、顔の識別と記憶の神経機構をニューロン・レベルで調べ、その可塑性をテストすることを目的とし、61年度はまず、変形した非見本合わせ課題でアカゲザルを訓練した。この課題では、サルがレバーを押すと、一様に灰色の画面(中性刺激)と写真(見本刺激)が交互に繰り返し呈示され、何回目かの中性刺激の後、見本刺激とは異なった写真(反応刺激)が現れる。このときサルがレバーを離せば、正解とした。見本刺激および反応刺激としては、サルの写真、サルのいない景色の写真、ヒトの前向きの顔および後向きの頭の写真、サルが日常目にする果物や注射器の写真、コンピュータ・ディスプレーに表示した幾何学図、などを用いた。この学習課題を訓練した一頭のアカゲザルの上側頭溝中央部からニューロン活動を記憶し、繰り返し呈示される見本刺激に対する選択的注意集中の変化の効果、見本刺激と見本刺激の間に挿入される中性刺激呈示期(短期記憶の時期)の反応、見本刺激と反応刺激を区別する反応刺激呈示期(弁別期)の反応を調べた。また、見本刺激と反応刺激を入れ換えたときの反応の変化もテストした。実験はまた進行中であるが、現在までのところ、つぎのようなニューロン活動が記録されている。1.反応刺激の呈示期(弁別期)に特定の写真に選択的に反応するニューロン活動、2.見本刺激の後の中性刺激呈示期(短期記憶)に活動の増加するニューロン活動、3.学習課題の中で用いられる刺激の意味(見本刺激か、反応刺激か、何番目の見本刺激かといったこと)に関係なく特定の種類の写真(例えば、後向きの頭)や図形に反応するニューロン活動が記録された。これらのデータは、上側頭溝のニューロン活動の少なくとも一部が行動学的条件で変化しており、従って、この領域が、「顔」やその他の視覚情報を用いた行動の制御にかかわっていることが示唆するものと考えられる。
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