研究課題
本研究は、西欧ユートピア思想史を概観したうえで、様々なユートピア思想のドイツにおける受容の系譜並びにドイツ文学(思想)に現れるユートピア的なものの系譜をたどり、更に、文学的想像力の根源としてのユートピア的想像力の意味を明らかにしようとする試みである。昭和63年度においては、初年度・第2年度の研究成果を踏まえつつ、ユートピア的想像力の今日的意味を文学的営為の今日的意味として提示し、さらに「近代の超克」の問題にとって「ユートピア的なもの」がもつ可能性を問うことが研究の主たる課題であった。今年度新たに得られた研究成果の概要を、以下に記す。1.第2次大戦直後の混乱期、戦略的な「異化」効果の方法論に基づく二重の枠構造を持った演劇作品によって、いまだ生産至上主義という「近代」原理の枠内にとどまりつつも、目前の時代状況への先鋭な批判精神に裏付けされた理想的社会像が提示されようとした(ブレヒト)。2.それ自体近代市民社会の意識構造の産物に他ならない〈小説〉というジャンルにおいて〈神話的なもの〉の再生の可能性が問い直され、「近代」個人主義の桎梏を超えた生と死の領域を軽やかに往還し変化自在に戯れるユートピア的時空が道化的人物形象によって描き出されようとしたが、それはあくまでも最後まで完成されざる試行としてのみ意味を持ちうるものであった(Th.マン)。3.戦後抒情詩においては、歴史的な廃墟をそのまま救済の光の中に幻視しようとする終末論的ユートピア像が語られながら、しかし、やがてさらに苛酷な不在の彼岸に言語を解体させ、自らの限界領域において逆説的に共同体のヴィジョンが浮上させられようとした(ツェラン)。こうした「近代」の限界を乗り越えようとする様々な試行は、いずれもユートピア的想像力との緊密な関係において見出だすことが出来る。なお年度後半からは、論文集の準備を進めており、間もなく刊行される予定である。
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