研究概要 |
今年度は特に重水素NMRを用いて固体タンパク質の内部運動の研究法の確立に努め, 以下の結果を得た. 1.Ftreptomyces Subtilisin Inhibitor(SSI)は分子量23, 000(二量体)のタンパク性インヒビターで, プロテアーゼであるSubtilisinを強く阻害する. SSIはMetをサブユニット当り3残基もち, それぞれ活性部位(73) flexible loopと呼ばれる運動性に富んだ部位(70), 疎水的なコア領域(103)というように, 特徴のある位置にある. そこでSSI産生菌をεーメチル基が重水素化されたMetを含む培地で育て, Metのεーメチル基のみが選択的に重水素化されたSSIを作成した. 2.このSSIを凍結乾燥し固体状態での重水素NMRを測定した. 凍結乾燥したままではメチル基のC_3回転のみが存在するスペクトルを示した. このSSIを固体状態のまま水蒸気と平衡化させ, 水和状態にする. SSI中の水の含量を23%とした時にはメチル基のC_3回転に加えて, 新たな運動modeがMetの側鎖に起こり始めたスペクトルを示した. 水の含量を56%とすると, かなりの割合(約2/3)が速い運動modeを持つスペクトルを与えた. この新しい運動はMetの70,73に帰因するものと考えられる. つまりSSIの少くとも一部が固体状態においても水和されることで運動を始めることを示した. 3.同様の測定をSubtilisinとのcomplexについて行った. この場合, 乾燥状態ではやはりメチル基のC_3回転のみが存在するが, 水和させると新たにMet70,73の側鎖自身の運動(但しSSI単独の場合と比べるとその振幅は小さい)が加わった. 即ち, 酵素一基質類似体結合は必ずしも固いものではなく,充分な内部運動の余地をもち得るものであることが初めて明らかになった. 以上の研究を通じて, タンパク質は水和により初めて"生きた"動的な構造をとり得ることが明らかになった.
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