研究概要 |
62年度は新宮市を中心とする紀伊半島南部において, 地勢・気候・植物分布・地名・伝承・言語に関する臨地調査を実施した. また高知県中村市において言語に関する補充調査を, 伊豆諸島において植物に関する調査を行なった. その結果, 以下の知見が得られた. 1.地勢・気候・水の状態が岬端性であり, 四国南部と紀伊半島南部に共通する特徴が見られる. また, 熊野川が太平洋に注ぐことによって生ずる海水の濁りが観察される. 2.日本の森林, すなわち照葉樹林と落葉樹林の分布パターンは九州南部・四国南部・紀伊半島南部に共通する様相を示し, 日本の自然環境に黒潮が大きく関与していることがわかる. しかし, 各地で盛んに植林が行なわれている現在, 直に自然な状態で森林を観察することは次第に困難になりつつある. 3.上記のような自然環境に加えて, 新宮市には阿須賀神社があり飛鳥のルーツであるとあう伝承がある. このことは, 黒潮に沿って東進した勢力が熊野川を発見し, そこを経由して大和へ向かい, 政権を確立したという歴史の可能性を強く示唆するものである. 4.薩摩半島・鹿児島市・足擢半島・安芸市などで観察された母音の前の声門破裂音が中村市・新宮市においても観察された. この現象は琉球方言においてのみ音韻論的に有意味であるとされてきたが, 日本語の祖語を構築する上でも重要であり, 本土諸方言の音韻体系を解釈する上でも見すごしてはならないものである. 中村市を中心とする高知言語にも新宮方言にもダ行子音の鼻音性が認められるが, これも日本語の古形をとどめるものである.
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