1988年栃木県芳賀町の5つの畜舎でイエバエのピレスロイド剤抵抗性遺伝子kdrの頻度を、ペルメトリン識別薬量の局所施用法により調べた。kdr遺伝子はどの畜舎でも認められ、頻度は0.11-0.58であった。6、8、10月の3回調べた3つの畜舎では頻度は増減したが、増加は明らかにピレスロイド剤の散布によるもので、減少は頻度の低い周辺の集団からの移動によるものと推測された。実験室で殺虫剤による選抜を行わずにイエバエのコロニーを継代し、kdr遺伝子の頻度に変化が生じるかどうかを調べた。芳賀町の畜舎で異なる時期に採集したイエバエを混合してkdr遺伝子頻度0.93のコロニーを作り、これを継代してkdr遺伝子頻度を測定したが、第6代目まで頻度は変化せず、ピレスロイド剤を散布しない環境でのkdr保有個体の適応度の低下は認められなかった。ピレスロイド剤抵抗性は第3染色体上のkdr遺伝子によって強く影響されるのでピレスロイド剤抵抗性の発達したイエバエの野外集団において、第3染色体上の雄性決定因子Mとkdr遺伝子の連鎖不平衡の有無を調べた。ランダムに抽出した雄の第3染色体では、M因子を運んでいるか否かにかかわらず、kdr対立遺伝子の頻度はほぼ等しく、2つの遺伝子座の間には連鎖不平衡は検出できなかった。また異常な性決定様式と有機リン剤抵抗性とが直接関連しているとの証拠もない。イエバエの異常な性決定様式が最近増えてきているのは確かだが、殺虫剤抵抗性はこれとは関係なく、殺虫剤の使用によりその抵抗性遺伝子が淘汰されて集団に抵抗性が発達したと考えられる。殺虫剤抵抗性の発達を遅延させる方法の理論的考察からは、抵抗性遺伝子の頻度が低いときには、殺虫剤散布を受けたヘテロ接合体のほとんどが死ぬよう十分の量を散布し、また感受性の高い個体をその殺虫剤に触れないように残存させることが有効であると考えられた。
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