ラットの作業記憶(working memory)の様相とその中枢メカニズムを明らかにするために、まずラットに適した実験パラダイムを開発した。すなわちこのパラダイムでは、T型迷路においてまず左右いずれかの目標箱にのみ入れるようにして目標箱で報酬を与えた(見本走行)。その後一定の遅延時間を置いた後に、今度は左右いずれの目標箱にも入れるようにして、ラットに目標箱を選択させた(選択走行)。この時見本走行時と同じ目標箱に入れば正選択とする場合を「遅延見本合せ課題」、異なる目標箱の選択を正選択とする場合を「遅延非見本合せ課題」とし、両者の比較および生理・薬理学的な検討を行い、以下のような結果を得ている。 1.遅延見本合せ課題と遅延非見本合せ課題の正選択率は、前者よりも後者の方が高かった。これは、ラットが持つ自発的交替という傾性が、後者により有利に働いたためであると考えられる。 2.遅延時間を段階的に延長しながら訓練を重ねていくと、20分間という長時間の遅延を置いても、正選択率がランダムレベルよりも有意に高かった。すなわちこのパラダイムを用いると、従来考えられていたラットの記憶可能な時間よりも、かなり長い時間の記憶保持能力がラットに認られた。 3.フィゾスチグミンの長期投与によって脳内のコリン受容体数を減少させると、この作業記憶は阻害された。さらに、抗コリン薬のスコポラミンの投与によっても作業記憶が阻害された。末梢性の抗コリン薬は阻害効果を示さなかったので、上の阻害効果は中枢性の効果であると考えられる。 4.この作業記憶は大脳辺縁系の海馬を損傷すると阻害され、扁桃核損傷によっては阻害されなかった。 以上の結果から、作業記憶は海馬のコリン作動系によって司どられているということが示唆された。
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