研究概要 |
昭和61年度は、発症後17年を経過した発語失行例の現病像を精密に把握するとともに、X線CTとNMR撮影を行ない、損傷部位の確定と過去の類似例との比較を試みた。発症直後の無声症から発語失行へと変化し、発症後7ケ月の時点で診断が確定したこの症例は、手足の麻痺はもとより発声発語器官の麻痺もないにもかかわらず、発語における構音の誤りが発語運動の面に限定されていることから、きわめて純粋な発語失行例とみられている。現時点での発話は17年前と本質的な差違はなく、非流暢,努力性,などの点が目立つが、本人がゆっくり正確に話すように努めているので、構音の誤りはさほど多くはない。しかし数少い誤りの特徴としては、有声音の無声化,弾音の有声破裂音化,摩擦音の破擦音化,声門破裂音の無声化,再唇音と鼻音の混同,音節の付加や置換,初頭音の繰返し,などが認められた。 X線CT,NMRでは、脳室や脳溝の拡大から72才の年令の割には脳萎縮の進行が目立つことと、左半球前頭葉深部を中心とした梗塞が認められた。梗塞は尾状核頭部,内包前脚,レンズ核前部,放線冠の一部を含むが、皮質への波及は凝問視された。発語失行の文献例の多くで責任病巣とされている第3前頭回弁蓋部と中心前回下部の皮質は、本症例では明らかに残っておりその点は矢状断面のNMR像で確認された。 以上から本症例は、過去の文献例とも異なる前頭葉の小さな皮質下梗塞により、重度の発語失行が長期間にわたり持続した特異な症例とみることができる。
|