研究概要 |
本研究の中心課題の一つである精密病巣局在は, 限局された病巣が特定の機能障害と関係づけられた時, はじめて心理学的に意味を持つ. その機能と病巣部位との関係が, 高い確率で考えられるからである. しかし現実の脳損傷者の大半は, 広範な病巣と多方面に及ぶ複雑な機能障害を持っており, そうした事例を手がかりに特定の機能に関係する脳の部位を明らかにしていくには, 非常に多数の資料の累積が必要となる. これに対して特定の機能が選択的に障害されている純粋例の場合は, 機能と病巣との対応が比較的容易なために, 少数例からでも貴重な知見を得ることができる. 幸い研究代表者は, 発話の運動機能の選択的障害にあたる発語失行が, 長期間にわたってきわめて純粋な型で持続している症例を経験することができ, 昭和61年度は, さまざまなテストによるその症例の臨床像の明確な把握と, NMRによる病巣部位の精密な分析を行った. 臨床像は, 身体はもとより構音器官に麻痺や失調はなく, 知能は正常で, 言語能力も書字の多少の低下をのぞいてすべての側面が高く保たれている一方で, 発語の構音機能のみが障害されているという, 典型的な発語失行にあたることが確認された. 損傷部位は既にX線CTにより左半球シルヴィウス溝前部近辺の皮質から皮質Fにかけての領域, と診断されていたが, NMRにより皮質はほとんど含まず, 尾状核頭部, 内包前脚, レンズ核前部, 放射冠と島皮質の一部, シルヴィウス溝付近の皮質の一部, と確定された. 特にNMRの失状断面像から, 中心前回中部からF部にかけての損傷が, 皮質より深部白質にあることが確認されたのは貴重な知見であった. 61年度は文献例との比較も行われた. 62年度は, 類似自験例との比較が行われたが, NMRにより左放射冠に限局した損傷が確認された一例が, やや異ったタイプの発語失行をなすことが明らかにされた.
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