2年継続の研究の初年度として、まず次のような形で作業をすすめた。1.必要な文献の収集と講読。2.『アルタン・ハーン伝』の講読、他文献との比較。3.『アルタン・ハーン伝』の訳注作業。4.アルタン・ハーンの事蹟に対する再検討。以上のような作業を通じて、『アルタン・ハーン伝』並びにアルタン・ハーンに関するいくつかの新しい知見を得た。 まず『アルタン・ハーン伝』の編者については不詳、成立年代は1607年、というのが従来の見解であった。本研究者は、その成立は1607年より後のこと、編者にはOmbo gong tayijiが関与していることを明らかにした。それには概略次のような事情があったと思われる。すなわち第3代順義王Namutai secen gayanの死後、第4代順義王継承の争いが生じたが、その係争者の一人、Ombogong tayijiが、いわば初代順義王アルタン・ハーンの正統な後継者であることを主張し、その裏付けとして、本伝を編纂せしめたものである。 次にアルタン・ハーンの事蹟について、従来知られていたものに加えて、更に多いことが『アルタン・ハーン伝』の記事により明らかになった。特にその遠征活動について、ウリヤンハン部に対する遠征活動の実体が大体明らかになった。またアルタン・ハーンとチベット仏教との関係について、この点は従来からモンゴル語史料、チベット語史料によってかなり知られていたが、『アルタン・ハーン伝』は更に詳しい事実を伝えていることも分ったのである。 次年度においては『アルタン・ハーン伝』の文献学的研究を継続すると共に、これらの知見にもとづいて論文を作成し、また報告書の一貫として『アルタン・ハーン伝』の訳注を公刊する予定である。
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