ニグロ植民の思想的源流は『ヴァジニア覚え書』に展開されたT.ジェファソンの人種論にあるといって過言でない。ジェファソンはインディアンの人種資質に関してはこれを白人と同等視し、具体的な相違点は認めるにしても、それは本性ではなく環境の所産であると結論づけた.しかしニグロに関しては対照的な態度でもって臨み、ニグロの肉体的特徴や頭脳の資質に関してははっきりこれを劣等視する。(ただ誠実さ、忠実さといった心の資質に関してはニグロ資質を称えている。思想史的に見た場合、この点は後年北部のW.E.チャニングやストウ夫人に受けつがれ、奴隷制攻撃のためのニグロ賛歌へと発展を遂げる点できわめて重要な要素である)。総合的結論としてジェファソンはニグロは身心両面で白人よりも劣っているとし、その劣等性を環境ではなく先天的な人種資質に求めている。 奴隷制に関してはジェファソンは白人自営農民の共和国というヴィジョンに立脚して、個々の白人が奴隷制の存在ゆえに専制君主的になり、道徳と勤勉を破壊されるとして反対論を展開した。ただかれの奴隷制反対論は、それが一貫してニグロの人権という観点からではなく白人の側の都合によってのみ根拠づけられているという点で注目すべきである。生物学的にニグロを白人と同じ意味での人間と見做すことに疑問を感じていたジェファソンの立場からはポジティヴな形の奴隷制反対論は出てきようがない。と同時にまた、美的見地に立って家畜の場合も人間の場合もヨリ美しいものをふやすべきだとするジェファソンは、奴隷解放の後はニグロ植民を実践することによって人種混交の発生を防止しなくてはならないと提唱する。要するにニグロ植民はジェファソン人種論の必然的な帰結であったといってよい。
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