研究概要 |
今年度は、まず西北中国における諸民族の叙事詩の収集と分類を研究の目標とし、科研補助金の交付によって収集できた資料をもとに、体裁,内容および題材などについて考察した結果、西北中国の諸民族の叙事詩は、以下のように分類できることが明らかになった。1)英雄叙事詩(欧米におけるepicに相当する)2)愛情長詩(欧米におけるballadに相当する)3)教訓詩(哲学的・思想的内容を主とする)4)その他(近世の事件,生活などを内容とする)の4種である。叙事詩をこのように分類して、さらに次年度での研究によってより完全な作品目録にまとめることによって、今後の叙事詩研究の基礎とすることができた。つぎに、2)の種類に属する叙事詩の多くは、「男女の悲恋」をテーマとしており、民話や歌謡など他のジャンルの作品とも比較・分析を進めているが、現在までに明らかになったことは、以下のような特色である。第1に、このようなテーマの叙事詩は民話,伝説と関連が深く、悲恋の男女が死後に植物などに転生するモチーフをそなえていることである。この種の叙事詩は、ウイグル族の「タイールとゾフラ」,カザフ族の「セリム湖の伝説」,キルギス族の「クル・ムルジャ」がその例であり、世界諸国に伝えられる叙事詩との比較研究を可能とする作品であることも明らかになった。また、西北中国との近隣地域、特にソ連の中央アジアの諸民族においても類似の作品が見い出され、民族間,地域間の文化交流,影響関係という面でも叙事詩研究の意義があることも明らかになった。第2に、転生のモチーフがない叙事詩が見い出されるのは、イラン,ペルシャにおける叙事詩との影響関係が考えられ、西北中国、特にテュルク系の諸民族におけるイスラム教文化の影響、イスラム・ペルシャ文学の受容が見い出されることが明らかになり、この点でも叙事詩研究の基礎をつくることができたのである。
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