研究概要 |
本研究は、1.英国中世聖体祭劇の上演様式と、2.祝祭性との関連、並びに、3.中世劇と「死 のイメージという三つの項目にわたるものであった。英国の聖体祭劇が、ヨークやチェスター等の都市でみられるように、特定祭礼の中で移動舞台による上演形式をとった。この英国の巡回形式の移動舞台によるサイクル劇上演は、一方で、聖体祭行列の聖体奉持とパラレルな関係を保持しながら、その祝祭性と呪術性という面から民衆劇としてふさわしい上演様式であったと考え、1と2が不可分に結び付いていた事を強調したい。劇中のキリストの磔は、キリストの神聖性のイメージ化であると共に、聖なる遺体の象徴的展示であった。だから、この巡回移動は、聖体祭行列の聖体顕示と照応しながら、巡行地域の宗教的浄化を果たしたが、同時に、所属共同体の「社会構造 (V.ターナー)の再確認と構成員の再統合というマツリの社会的機能をも分担していた。このように、聖体祭劇は、演劇性,祭祀性,マツリの機能等の間の微妙な均衡の上に成り立つものなのである。尚、英国の移動舞台の構造と祖形については、日本の山車祭りでの踊りや歌舞伎の「山車 が参考になり、若干のヒントを与えてくれる。 中世劇の観客の考察に必要な論点として、当時の民衆の持つ「死 のイメージや「終末論 の変化を跡づけ、関連して、彼らの信仰生活が呪術に傾斜した理由への考察がある。また、宗教改革の嵐の中で聖体祭劇がマツリの場を失い衰退するが、特定のマツリとの結び付きを持たず、人類の終焉としての「最後の審判 を個人の「死 に置き換えた道徳劇が、チューダー演劇の中に生き残った事は注目してよい。
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