研究概要 |
スイス連邦憲法の全面改正作業は、すでに1977年に政府側の専門家委員会草案が出されて10年が経過している。この草案は、現代スイス国家が当面する問題に極めて積極的に対応しようとするものである。すなわち、(a)国家自身が一定の指導的理念を明示的に択ぶことの宣言、(b)積極国家への転換の表明とその具体的諸規定(とりわけ、環境保護,独占規制,消費者保護,労使協調実現のための「社会契約 条項,国有化条項など)、(c)官庁の情報開示義務、(d)基本権の私人間効力の明認、(e)良心的兵役拒否の容認、(f)政党条項、(g)計画条項、(h)オンブズマン制度などがそれを示している。しかし、これに対しては、それが連邦政府の権限を強化し、経済活動への規制を強めるものである点で、伝統的な分権主義の立場と経済界からの強い反対を受け、改正作業は袋小路に入った感がある。こうした停滞と諦念の克服を図って、憲法学者による私案(ケルツ=ミュラー草案)が出されなどしているが、局面打開にまでは至っていない。このような経過と現状の一端は、後掲の翻訳=南山法学10巻3号で、また、背景的政治状況については、同誌10巻2号・4号の訳稿(未完)で取り上げている。 改正作業の推移は、以上のとおり遅々としているが、そこに提起された問題は重要である。すなわち、今日のスイス憲法は、現代西側国家に共通する課題に直面して、それに対してスイス特有の国民のコンセンサスを重んじる「協和的 な解決を施されようとしている。そのために作業は極端に長期に及んでいて、むしろ、こうした過程そのものをスイス憲法政治の現代化に役立たせようとしているものとさえ思われるほどである。このような観点から、今後、主に62年度の課題である各論的テーマの研究を通して、今日の全面改正作業が、スイスの現代化と固有の特徴の保持とをいかに調和的に成し遂げようとしているかを考察したい。
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