典型的な芳香族化合物であるベンゼンの炭素を同族のケイ素で置換すると芳香族性(安定性)及び反応性がどのように変化するかを理論的に明らかにした。その結果、ケイ素で交互に三置換したトリシラベンゼンは、ベンゼンよりも大きい芳香族性があることを見出した。ケイ素で完全に置換したヘキサミラベンゼンは、有機ケイ素化学において夢の化合物とされ、ベンゼンと同様のDbh対称をもつ平面の正六角形骨格構造をとると予想されてきた。しかし、電子相関を取り込んだ精度ある分子軌道計算を実行すると、ヘキサシラベンゼンは平面構造ではなく、幾分ねじれたイス型の非平面の【D_3】d構造をとることが明らかになった。ヘキサシラベンゼンの芳香族性はベンゼンの約半分であるが、確かに存在する芳香族化合物であり、ベンゼンとは著るしく異なる性質がある。ヘキサミラベンゼンのケイ素骨格にはラジカル性があり、その芳香族性は6Π系の電子の環状非局在化によるよりも、反強磁性的に局在化した電子のスピン結合によることを提案した。この電子の局在化傾向がヘキサミラベンゼンの非平面構造及び高反応性の原因になっている。 今後、ベンゼンの炭素をゲルマニウム置換した場合の構造、安定性及び反応性を支配する基礎的因子を解明し、新規な芳香族化合物の分子設計の理論的指針を与えることを目的としたい。
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