カルボアニオンが隣接する硫黄原子によって安定化される機構については古くからのP-dπ共鳴と、アニオンのP軌道とα(c-s)結合の友結合性軌道とのα-π相互作用のいずれであるかに関して、現在まで決定的な証拠となる実験的事実は得られていない。本研究は、後者のα-π相互作用の重要性を実験の面から確めることを目的としている。 まづα-π相互作用が有効に作用するための立体化学の面での必要条件を検討するため、アニオン軌道の代用として、二つの適当なπ電子系を選び、これらを架橋鎖で結び、その架橋鎖の結合距離が歪のない通常値からどの程度長くなるかをα-π相互作用の目安とした。実際には、アントラセンと種々のブタジェンとの光〔4+4〕付加体の構造をX線構造解析より求め、π電子系とα電子系が互いに立体的に平行に配置する配座をもつ化合物だけに、α結合の伸長が観察され、σ-π相互作用の立体配座依存性が証明された。 次に、アニオン軌道の代用としてHOMOのエネルギーの高いアズレン環を選び、これに直結した-【CH_2】-SR基のC-S結合とアズレンのπ電子系が平行な配置をとり得る、ジチア〔3.3〕アズレノファン類のX線構造解析を行い、σ-π相互作用とC-S結合距離の関係について検討を行った。HOMOのエネルギー準位の低いベンゼン環やピリジン環を組合わせたアズレノファン類においては、アズレノ環に隣接したC-S結合が、ベンゼン環ピリジン環に隣接するC-S結合に比較して、平均で0.02【A!°】程度長くなっていることから、【α^*】軌道のエネルギーにより近いπ軌道が有効に相互作用することが示された。更に、チオフェン環を含んだアズレノファン類も合成し同様に検討した所、チオフェン環のπ電子系はC-S結合と平行にならないため、σ-π相互作用が有効に働かない事が、X線構造解析により確められた。
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