細胞性粘菌は分化した細胞型の比率の調節機構の研究に適したモデル生物である。分年度は比率の調節機構を分子レベルで解明するための実験系の開発に取り組んだ。その過程で幾つかの重要な生物学的課題を発展させることができた。現在、論文を作製中である。 (1)単層培養系の確立。移動体細胞を酵素的に分散し、パーコールの密度勾配遠心により、予定胞子細胞と予定柄細胞とに分離する。各細胞分画を高密度条件下でアガロースゲルとカバーグラスとでサンドウィッチにする。この時、隣接する細胞は互いに密着して、2次元的な単層細胞シートを形成する。 (2)単層条件下では、21℃でも比率の調節機構は働かない。単層培養された予定胞子細胞は胞子特異抗原を消失する。他方、予定柄細胞から、予定胞子細胞への転換は起らない。この事実は比率の調節機構が働くためには3次元体制が必要なことを示している。 (3)サイクリックAMP(cAMP)は胞子特異抗原の消失を抑制する。高濃度のCAMP存在下では、予定胞子細胞は胞子特異抗原を消失しない。つまり、単層培養条件下では、3次元体制の場合に比べて細胞外のcAMPレベルが低下する結果、胞子特異抗原の消失が起ると考えられる。またcAMPの効果は、細胞表面リセプターと特異的に結合する2-デオキシンcAMPによって代行されるので、表面リセプターとの結合を介して起ると考えることができる。(4)8+ブロモcAMPは予定胞子細胞を胞子へ分化させる。cAMPの細胞表面リセプターへの結合は弱いがcAMP依存性プロテインカイネースを活性化するこの薬剤存在下では、予定胞子細胞は胞子へ分化する。この過程で、予定胞子液胞が巨大化し、ついでエキソサイトーシスされることを免疫化学的に明らかにした。胞子特異抗原が消失する過程では胞子特異液胞とリソゾームの、又、胞子形成過程では胞子特異液胞と細胞膜の融合が起る。このような内膜系の相互作用に与える低温の影響を調べたい。
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