研究概要 |
本研究者らは、高炭素鋼のMs点近傍において恒温変態速度が加速される原因について、膨張測定法と光学・電子顕微鏡法によって研究した結果、下部べイナイトと等温マルテンサイトとが関与していることを明らかにしている。この結果は下部ベイナイトの生成機構として提唱されているマルテンサイト的に過飽和フェライトが生成後にセメンタイトが析出するという過飽和フェライト説とオーステナイトからフェライトとセメンタイトへの共析分解説のいずれであるかを決定できる条件が整ったことを意味する。 長年にわたって論争の続いている炭素鋼の下部ベイナイトの生成機構を解明するために、本年度は2つのテーマに取り組んだ。第一は下部ベイナイト内の析出炭化物に重点を置き、炭化物の種類,析出面,形態等を組織学的に調らべて、焼戻しマルテンサイト内のそれらと比較・検討した。下部ベイナイトがマルテンサイトと同じ炭素過飽和状態でフェライトを生成するものとすれば、両者には組織学的,結晶学的相異は生じない筈である。しかるに、1.10%炭素鋼における下部ベイナイトと焼戻しマルテンサイトを比較すると、フェライトの晶癖面はそれぞれ{476}γと{252}γであり、セメンタイトの析出面はそれぞれ(101)αと(112)αの中間点と(112)αとの違いを見出した。第二は下部ベイナイトとマルテンサイトの2相が共存するように、0.85%炭素鋼をMs点直下の513Kに焼き入れてマルテンサイトを一部生成させ、引き続きその温度で恒温処理することにより、マルテンサイトを焼戻すと共に下部ベイナイトを生成させて、両者の組織を比較した。その結果、マルテンサイト内の炭化物はεであり、ベイナイトのそれはセメンタイトであった。以上の2つのテーマの結果をまとめると、下部ベイナイトはマルテンサイトと同じ機構では生成しないことが明らかとなった。
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