水素・プロトン移動過程を利用する電子メモリー素子への応用が最近検討されており、これら電子・プロトン移動機構の解明が大きな注目を集めている。プロトンの易動性はそのトンネル効果が顕著であることからも明らかであり、電磁場などの外場の影響を受け易くこれを応用することで分子機能素子への利用が考えられる。例えば電場のポテンシャル変化を反映する電子スイッチング回路や、またレーザー化学の分野では、レーザー光の特定波長でのモード選択性を利用した光化学分子デバイスなどである。これら分子素子の設計・開発に際してはプロトン移動現象の本質的な機構解明が必須なので、本研究では分子素子設計の指針を提出すべく理論的展開を行った。具体的にはダブループロトン移動型の系としてカルボン酸二量体やヘミキノン型分子会合体を検討した。これらは外場の変化によるプロトン移動が分子系に興味深い構造変化を引き起こす。例えば、ヘミキノン型分子会合体は原子価互変異性間のダブル-プロトン移動によって双極子モーメントを瞬時に反転するが、両互変異性体は等しい基底状態エネルギーを持ち、対称的なダブルウェル型ポテンシャルを有していて、分子反応系がこのダブルウェル間を往復し、両構造間の振動を生じている。このヘミキノン型分子会合体のポテンシャル面を求め、フロンティア軌道も考察したが、これらの理論的解析から光電子デバイスへの応用を示唆できた。つまり、外部電場をかけるとそのダブルウェルのどちらか一方の構造にプロトンが局在化するのでメモリービットとして利用でき、また基底一重項状態を出発点として光照射後の励起一重項状態から系間交差した励起三重項状態へも推移する特異なポテンシャル曲面は光化学的分子素子への応用の可能性もある。分子機能素子の本質的なメリットは、分子本来の持つ個別性・構造特異性を十分に生かせることにあり、この分野の将来が期待される。
|