吉田らにより近交系化されたインド原産げっ歯類ミラルディアの雄は、鼠径部皮下にのみよく発達した乳腺組織を有し加齢とともに黒色調を呈する。乳癌好発系では、6ケ月齢をすぎる頃より黒色調の過形成乳腺組織から結節状の病変が生じ漸次乳癌に進展する。黒色調の原因をなす乳腺上皮内色素は、上皮細胞が結節病変に進展した段階で消失する。雌では肉眼的に色素沈着を認めないが、雄と同様の過形成に伴う色素沈着は、男性ホルモン(DHT)ペレットの皮下移植により4対すべての乳腺に誘発できる。本年度は、乳癌発生に先行する色素沈着の意義を鑑み、この色素の実体を検討した。 1.光顕的に色素は褐色調を示し、過形成病変では腺腔を形成するほとんどの乳腺上皮細胞が色素を有する。色素を有する上皮細胞は肉眼的に色素沈着のない正常雌乳腺にも散在する。2.電顕的には、色素は上皮細胞細胞質内に電子密度の高いかなり大型の不定型なライソゾーム様顆粒として存在する。3.黒色調を呈する乳腺組織を2.5%グルタールアルデハイドを含む固定液で固定し、凍結超薄切片を作成し、上皮内顆粒部分をエネルギー分散型元素分析装置付電顕で検べたところ、重金属としては鉄のみ証明された。組織化学的にも鉄染色は上皮内に強陽性であったが、過マンガン酸カリで大部分の褐色色素が漂白された後も陽性であった。4.DHT処置により黒色化した雌の乳腺組織を材料に、組織内のメラニンをその分解産物を通して微量定量した結果、通常のメラニンの存在は否定された。5.リポフスチンに特異的といわれる6種の染色はすべて陽性で、いずれも細胞内色素顆粒の褐色調の強さや局在に良く対応した。自家蛍光は認めていない。 以上、ミラルディアの乳腺上皮内に生ずる褐色色素は、非自家蛍光性のリポフスチンと鉄の沈着によるものと考えられる。これらの沈着と癌発性との間に関係があるかは今後の課題である。
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