イノベーションの普及に関する研究は、1)普及機関を対象としたもの、と2)普及対象者の行動に眼を向けたもの、とに大別される。本年度は、スポーツ・イノベーションを「スポーツから得るところの価値や満足をこれまでとはちがったやり方で獲得しようとすること」と定義し、後者の問題領域に足を踏み入れることとした。 子どもをスイミング・スクールにかよわせるというイノベーションを採用するに至った親たち302名を、福井県下5つの小学校の協力を得て実施した調査によりピックアップし、分析対象者とした。普及速度の重要な決定因のひとつであるイノベーション決定期間(個人が当該イノベーションを評価しはじめてから採用を決定するまでに要した期間)が、基準変数として選ばれ、知覚されたスイミング・スクールの属性、対象者のスポーツ経験や子育ての方針、コミュニケーション行動、普及促進の程度などを説明変数に使用しながら、重回帰分析が試みられた。 分析の結果、決定期間の長さには、子どものからだを鍛えること、運動能力を伸ばすこと、運動への親近感をもたせることといった点での相対的有利性、スクールにかよわせるための費用負担や送迎の煩わしさ、対象者の過去のスポーツ能力に対する自信、さらには広域志向性が強い影響を与えていることが明らかとなった。とくに、イノベーションの有利性が高く評価されるほど、かえって採用に移るまでの期間が長く予測される点などは注目に値する。ただし、厳密な因果関係の推論には時間的先行性が問題となるわけであり、ここでの結果は、実際には決定期間の予測というよりむしろ、イノベーション決定に戸惑いがちな人の行動を事後解釈したに過ぎない。 今後の研究の展開にあたっては上記の問題を解決するとともに、普及機関の活動実態を取り上げる必要がある。
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