研究概要 |
人類誕生のプロセスとメカニズムについては万人の関心事であるが, まだまだ謎に包まれた部分が多いため人類学における主要研究課題の一つとなっている. 人類発祥の時と場所について中新世後期のアフリカが有望視されてはいるが, 400万年以前の化石標本が皆無に近く, 誕生時の人類の姿を想像することすら困難である. したがって人類の起源研究において現在のところ最も重要とされるのはアフリカ中新統に関する古人類学的, 地質学的および古生物学的な調査研究である. 本調査研究プロゼクトでは1980年以来, 北ケニア, バラゴイ西方のナチョラ地域およびサンブル・ヒルズにおいてホミノイド化石の発掘, 地質学的および古生物学的調査を行なってきた. その結果1982年にサンブル・ヒルズの第22化石産地から中新世後期に属する大型ホミノイドの左上顎骨化石, 同年および1984年, 1986年にはナチョラ地域から大量のケニアピテクス化石の発見, 加えてそれらの生息環境に関する多くの所見をえている. ここではこれらについて昭和61年度の現地調査(第4次)と昭和62年度の総括研究の成果を中心に記す. ナチョラ地域およびサンブル・ヒルズには, 六つの累層, すなわちナチョラ累層, アカ・アイテパス累層, ナムルングレ累層,ナニャンガーテン累層, コンギアーナグバラット累層, およびティルティル累層が認められ,これらの地域における新生代の火山活動は約2000万年前に始まり約1000万年前まで続いた. その後の300万年間は火山活動が休止し, 大規模な傾斜運動や断層運動が起きたが, 700万年前頃再び火山活動が始まり数10万年前まで続いていたと考えられる. ケニアピテクスおよび大型ホミノイドの年代はKーAr年代分析からそれぞれ12.6±0.6ー14.9±0.6Ma, 7.1±0.5ー10.7±0.6Maであり, 後者についての古地磁気層序分析からは地磁気逆転の年表(GRTS)のpolarity chron 5(8.98-10.30Ma)に相当するものと推定される. 化石ホミノイドの生息環境(古環境)をみると, アカ・アイテパス累層のケニアピテクスについては, 出土した珪化木が環在ナイロビ周辺に見られるクロトン属のものであること, ほ乳動物相が森林性であること, らにワニやカメの骨格化石が大量の出土することなどからその環境は湿潤な森林を推定することができる. さらにナムルングレ累層の大型ホミノイド(サンブル ホミノイド)の生息環境は, 大小2種のヒッパリオンに代表されるようにこの累層からのほ乳動物相は草原性を示しているので, 現在のところその環境を開けた疎林から草原の間で比較的乾燥した気候帯と推定される. ケニアピテクスの系統的位置については, 最近の分子生物学的研究によりそのホミニド説が疑問視されているが, ナチョラ地域から出土した大量の化石標本からもケニアピテクスのホミニド説には否定的となった. それは犬歯の形態に大きな変異がみられ,オスのものとされる犬歯のサイズは極めて大きく, さらに四肢・体幹骨化石からみても二足歩行への適応がまだみられないことによる. しかし他の歯や顎骨の形態はプロコンスル類に比べ進歩的であるためケニアピテクスはアフリカの現生大型類人猿とホミニドを生み出したホミノイド群であると考えれれる. ユーラシアのラマピテクスとの関係については,切歯管を中心とする下鼻の上顎構造からみて互いに異なり, ユーラシアのラマピテクスはプロコンスル類もしくは古いケニアピテクスから分岐した後に特殊化したものと考えられる. ナムルングレ累層からの大型ホミノイド(サンブル・ホミノイド)は新属, 新種であるが, 今のところホミニドとするに足る特徴に欠けることからホミノイドの一種としてとどめておかざるをえず, 今後の発掘調査により化石標本の追加をし, その本体を追求するこたが肝要であり, それによって人類誕生の謎にアプローチできるものと考えている.
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