研究概要 |
中南米におけるリーシュマニア症とその伝播機構を明らかにする目的で, エクアドル国において, 媒介サシチョウバエ, 保虫宿主および流行地住民の原虫感染について調査した. また, 同国におけるリーシュマニア症研究史と流行地の状況を把握するために, 文献収集ならびにその考察を試みた. 得られた成績は次の如く要約される. 1.エクアドルでは, 1920年に最初のリーシュマニア症例が報告されたが, 以後1982年までは本症の症例報告が主体をなし, 流行地の実態は不明であった. したがって, 本格的なリーシュマニア症研究は本調査が最初のものといえる. 2.エアクドルの本症は, アンデス斜面から太平洋側ならびにアマゾン側の低地にかけて流行し, 太平洋側で多くの症例が報告されている. 臨床的には皮膚型93%, 粘膜皮膚型6〜7%, そして少数例の内臓型が存在する. 3.今回の調査で分離された原虫株は, 患者病巣部より5株, 保虫宿主より3株, 計8株である. これらの分離株について, monoclonal antibodyによるserodeme typingを行ったところ, 患者からの株はLeishmania braziliensis panamensis,保虫宿主からのものはLeishmania mexicana amazonensisと同定された. これらの病原虫以外に新種Leishmaniaの存在する可能性もあり, 目下, 米国エール大学との共同研究を実施中である. 4.既知の媒介サシチョウバエ,Lutzomyia trapidoiとLu.hartmanni(Hashiguchi et al.,1985a)に加えて, 今回Lu.gomeziの自然感染が証明された. また, 保虫宿主としては, 既知のアライグマPotos flavus,リスSciurus vulugaris,ナマケモノcholoepus hoffmani didactylus(Hashiguchi et al.,1985b)に加え, アリクイTamandua tetradactylaから原虫が証明され, L.mexicana amazonensisと同定された. Counter immunoelectrophoresis(CIE)を用い, 保虫宿主の臓器ホモジネートと抗Leishmania血清との反応を調べたところ, 3種哺乳類Didelphis marsupialis,Caluromys lanatusおよびCholoepus hoffmani didactylusで陽性反応が認められ, これらの動物はリーシュマニア症の保虫宿主となりうることが示唆された. 5.Leishmania braziliensisのpromastigoteから作成した今回の皮内反応抗原はspecificity,sensitivityともに高く, 本症の疫学調査時のスクリーニングに有用であることを証明した. また, 皮内反応成績とELISA成績との比較をも行った. 6.今回の調査によって, エクアドルのアンデス山中(海抜2.300〜2.500m)にアンデス固有のリーシュマニア症(uta症)の流行が初めて証明された. また, その媒介サシチョウバエはLu.peruesisの可能性が強い. 本流行地の特性については, 継続調査により明らかにしていきたい. 7.太平洋側低地とアンデス高地におけるリーシュマニア症の病変発育に及ぼす細菌感染の影響を知る目的で, 両流行地患者の病巣部細菌相を比較した. グラム陰性菌は高地で18.2%, 低地で37.5%であり, 差異が認められた. 菌相としては, Escherichia,Serratia,KlebsiellaおよびEnterobacteriaが見いだされたが, リーシュマニア症の病変発育に及ぼす影響については, 今のところ不明である. 8.高地と低地の潰瘍病巣について, 病理組織学的検索を行ったところ, 前者では小リンパ球からなる炎症細胞の浸潤が真皮全域に及ぶものに対し, 後者ではこれが真皮深部に限極されていた. また, 高地の病巣部には多数の原虫(amastigote)が見いだされたのに対し, 低地では稀であった. 9.同国熱帯医学研究所で診断された過去の症例を分析したところ, 本症はエクアドルの雨期(10月〜4月)に多く発生していることが判明した. 10.以上のように, 今回得られた成績は本症の疫学上, いずれも基礎的かつ重要な知見であり, これらのデータに基づき, さらに掘り下げた研究を実施し, 中南米型リーシュマニア症の伝播・疫学的特性を明らかにしていきたい.
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