研究概要 |
昭和61年度の現地調査では,シリアのイドリブ市南郊にある古代都市遺跡テル・マストゥーマの第四次発掘を実施した. 62年度の調査総括では現地で作成した遺構,遺物の実測図,写真を整理検討するとともに,土器,土製品,石製品,金属製品,骨角牙製品,自然遺物などの出土資料を製理する基礎作業,報告書作成のむけて版下作り,原稿のとりまとめを行った. また出土資料の一部は人骨の鑑定,植物種子の同定,花粉分析,脂肪酸分析などの試料として専門機関,研究者に分析を依頼した. これらの成果は「テル・マストゥーマ第四次発掘調査概報」として纏めたが,以下に要約することができる. 前3回の調査では本遺跡が主として青銅器時代から鉄器時代にかけて形成された遺丘で,発掘は主要な層位を重点的に行い,都市の変遷と建物の構造が確かめられた. これたの成果を受け継いで,第4次の現地調査では先ず第一に,高さ18mに及ぶ遺丘を最下層まで掘り下げ,最初に居住した木々の年代を確定し,テル形成の全過程を明らかにすること. 第二に径約200mの居住地が廃棄された最終文化層を可能な限り堀り拡げ,古代都市の構造とその文化的様相を広範囲にわたって把握するこさを目標として実行した. 遺丘の北側に設定してトレンチ(5m×50m)では,新たに青銅器時代前期に属する建築遺構を検出し,約4m下げたところで岩盤に達した. とりわけ第×1層からは壇状の遺構を伴は建物,第XII層では成人男性,幼児各一個体分の人骨が出土した. 第XI層出土の土器は第IX層と基本的な器種構成に変わりがなかったが,彩文の減少に反して連続凹線文土器が増加していた. これまでの四次にわたる発掘調査による,テル・マストゥーマの北トレンチにおける層序は次の三時期に大きく区分することが可能となった. マストゥーマA期 (XIVーIV層) : 青銅器時代前期IV, マルディーフIIB, ハマJ, 前2400ー2000年頃 マストゥーマB期 ( VーII層) : 青銅器時代中期, マルディーフIII, ハマH, 前2000ー1600年頃 マストゥーマC期 ( I 層) : 鉄 器時代II期, マルディーフ VB, ハマE, 前 900ー 720年頃 第I層では北地区の400m^2,中央区500m^2,さらに今回,両地区に隣接する400m^2を拡張して,漸く鉄器時代の都市構造が明らかとなってきた. テルの中央部は東西方向に長軸をもつ建物群が築かれ,これを取り囲むように環状の街路が巡っており,さらにこの階路の外側はテルの中心に向かって放射状に延びる建物が並び,都市の外郭を形作る環状の建物群のよって構成されていた. これはテルの地形を巧みに利用した都市プランであると判明した. 出土遺物としては,部屋に据え付けられた大甕を含む大量の土器,石製スタンプ印章そして新たにシロヒッタイト様式の円筒印章が2点加わった. このほか石製の遊戯盤,紡錘車,玉類,青銅製鏃,鉄製鎌刃,飾り金具,骨製箆などがあげられる. ところで第XII層出土の成人骨は,森本岩太郎教授(聖マリアンナ医科大学)により,壮年期前半の男性,身長約166cmと推定され,生前の習慣的作業による前歯の摩耗,さらに頭蓋の骨折が死因であったという興味ある事実を明らかになった. また青銅器時代前期層から出土した炭化種子は,藤沢浅技官(岡山大学農業生物研究所)によるオリーブと同定された. 第I層からは欧州葡萄,麦類,豆類などが検出され,本遺跡に居住した人々の植物性食物が具体的に伴ってきた. さらに今回初めて土器を試料として脂肪酸分析について,原田馨教授(筑波大学)を代表者とするプロジェクトチームに依頼した. 大甕を始めとする各種の容器に何が盛られたのか,その結果が待られる. 現在のテル・マストウーマ周辺は,オリーブや葡萄などの生産でシリア最大の農業地帯となっているが,古代オリエントの交易品の中でもオリーブ油,ワインは重要な位置を占めていた. オリーブ栽培について検討することを目的として花粉分析は,テルから採取した試料に問題があり失敗した. 次回の現地調査ではテル南麓にある湧水池で良好な柱状試料を採取し,オリーブの栽培の起源にせまる調査も行う予定である.
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