昭和62年・63年の二ケ年日本人の自然観に関する民俗生態学的研究を行ってきた。調査地として選んだ沖縄県八重山郡竹富町黒島及び山形県東田川郡朝日村大鳥はいずれも所与としての自然環境は比較的豊かなところである。一つは亜熱帯の、他はブナ帯の典型的な場所である。その中で調査は主として過去30〜50年前の自然と人間の関係を軸とした総体的な生活復原を試みたものである。両地域とも30年、50年前というと現在とはかなり異なっており交通事情は現在と比較できぬ程劣悪であった。生活はかなり周辺と隔絶されていて自給的様相が強かった。かかる生活条件の中では特に自然物の利用は高度に発達していて、その利用体系は生活の中で重要な位置を占めていた。こうした利用体系の背景には厖大な民俗的知識が存在し、これを基に風土観とでもいうべき自然認識の構造があることがわかった。それは環境構造にパラレルな固有の風土観(民俗認識を基盤とした一種の自然観・人間観の総体)ともいえる。これはいわゆる文献や文写を素材にして過去から現在の日本人の風土観・自然観を抽出したものとは異って、日本の地域性の一つの具体的・現実的表現ともいえる。多様な風土を実証的に記述できるということである。そしてこの風土観の生成に生物的自然・地理的自然・地形的自然・気候的自然がダイナミックに関連し、そのメカニズムについて仮説をたてることができた。これは新たな風土学にもなりうる可能性をもっている。
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