DNAやタンパク質内の水素結合は、その物性や機能に対し重要な役割をになっている。本研究では、これを解明するための基礎研究として、水素結合系のプロトン移動の機構と、溶媒との相互作用やタンパク残基の静電相互作用などの外部からの摂動がプロトン移動に及ぼす影響について理論的研究を行った。 プロトン移動の機構の一つとして一定の周期的な高次構造を持つα-ヘリックスのペプチド間の水素結合に沿った連鎖的なプロトン移動を考え、そのモデルとして直線型のホルムアミドニ量体におけるプロトン移動を研究した。非経験的分子軌道法により遷移状態と反応経路を求め、電子状態を解析したところ、プロトン移動が進行するにつれ、π電子の局在化が生じ、双イオン状態になり不安定化するため、二重体のみではプロトン移動は起こりにくいことが明らかとなった。 DNAやタンパク質では、水和やタンパク残基からの影響が考えられ、これらを考慮したモデル系として水分子やイオンを含めた系について非経験的分子軌道法計算を行ったところ、プロトン移動を起こす前では、二重体間の水素結合は水和やイオンによって不安定化するのに対し、移動後は安定化することが分かった。これは主に、イオンとホルムアミドあるいはヒドロキシイミンとの静電相互作用の差によるとして理解できる。 極性溶媒の溶媒効果の長距離力はクラスターモデルでは限界があるため、オンサガーのreaction fieldモデルに基づいて溶質-溶媒相互作用を考慮したモデルハミルトニアンを導入し、分子軌道法計算を行った結果長距離力により溶質の分極はより大きくなり、ホルムアミドニ量体のプロトン移動によって生成するイオン対はより安定化され、プロトン移動のエネルギー曲線はdouble wellとなり、その活性化障壁は溶媒の極性に依存することが明らかとなった。
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