本研究はチンパンジー二足歩行の重心移動を個体発達の課程において調べ、ヒトの直立二足歩行獲得課程のモデルを考えることを試みたものである。0歳より成年まで5頭のチンパンジーの個体発達を半縦断的に調べてきているが、本研究期間中には3歳より6歳齢までの3頭の測定を行った。主にテレメトリーを用いた加速度計および床反力計のデータより体重心の加速度、速度、変位を算出した。また4歳より6歳齢の静止姿勢時体重心位置をも測定した。この年齢層において上下肢を下げた二足立位姿勢時の体重心位置はほぼ腸骨稜上縁高さの腹側にあることがわかった。ヒトの直立二足歩行においては体重心位置が一脚支持期に高く両脚支持期に低くなる。この場合、重力による位置エネルギーと運動エネルギーとの変換が行われてエネルギーの節約がなされる。このようなヒト型の体重心移動はチンパンジーにおいては1歳齢までには存在せず2歳齢より初めてみとめられる。これは4歳齢をすぎて頻度が増し成年に近づくが、6歳齢をすぎてもなおこれと異なるエネルギー非節約型の歩行もみとめられる。横方向の体重心移動に関してはチンパンジーは各年齢にわたってヒトと異なる時期に左右足の間で体重を切りかえる。これは股関節が外転し、胴が着地足側へ傾く姿勢と関係すると考えられる。前後方向における体重心位置の平均前進移動からのずれについても、チンパンジーは各年齢にわたり一脚支持期初期から前方に位置する点で、ヒトが一脚支持期中央で前方へ移動するのと異なっている。これは股関節が過伸展できず、胴が前傾した姿勢に関係するものと考えられる。これら横および前後方向での特徴ではチンパンジーはなめらかでない重心移動パタンを示し、これは姿勢と関係する。しかしながらチンパンジーが幼年期よりすでにヒトと似たエネルギー効率を示す上下方向重心移動の二足歩行を行うことは、注目に値いする。
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