ネコ小脳遠心路の切断後、少数例では著明な再生が起こるが、大多数の例では再生しない。両者の違いは、切断部の軸索の周囲のミクロな化学的・物理的環境の差異に起因するとの想定の下に、昨年度にひき続き、そのような環境要因を人為的に変えて軸索の再生を成功に導くような条件を作りだすことを試みた。今年度はラットを用い、切断部に胎仔の脳組織を移植した。この試みは個体発生時に線維束を導くような手掛かりが存在すれば、それは再生時にも働くのではないかとの予測に基く。実験は成ラット(n=9)を用い、ペントバルビタール麻酔下に脳幹正中面でナイフを脳底に達するまで進めて上小脳交叉を完全に切断し、切断部に胎仔(E15あるいは18)の相同部位を含む脳組織を移植した。相同部位というのは、上小脳脚交叉(E18)あるいはその形成が予測される部位(E15)である。対照例には切断のみで脳組織を移植しないか(n=11)、あるいは相同部位を含まない脳組織(大脳皮質、小脳、延髄、各n=2)を移植した。術後14ー139日目にWGAーHRPの順行性標識法により小脳遠心投射の検索を行い、小脳ー大脳皮質応答を指標に機能的結合の有無を調べた。結果は、実験例すべてにおいて小脳遠心路の著明な再生が認められ、正常ラットにおけると同様な小脳ー大脳皮質応答が誘発されたのに対し、対照例では移植例、非移植例共に著明な再生を認めることができず、小脳ー大脳皮質応答も誘発できなかった。再生線維の終止部位の中には、成ラットでは異所性投射であるが胎仔や新生仔の段階では正常に見られる投射があることから、切断された線維は個体発生の過程を繰り返して再生するものと思われる。以上の結果から、成熟哺乳動物の中枢神経伝導路であっても、条件さえ良ければ再生することは可能であり、その条件を作りだす上に損傷部と相同の胎仔脳組織の移植が有効であるとの結論を得た。
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