随意運動を行うために、脳が解くべき問題は、(1)運動軌道の作業座標上での計画、(2)作業座標の身体座標への変換、(3)目標実現に必要なトルクの計算、(4)運動の制御である。この中、本研究では、手先の移動という運動を対象に(1)から(4)を直接解く問題を扱った。すなわち、手先の移動は、関節に与えるトルクの時間変化を最小にするような軌道に沿って行われるとして、そのために必要な最適のトルクを計算する神経回路モデルを提案し、それによる三関節マニピュレ-タの制御成績を検討した。なお、生体では、拮抗する一対の筋肉によってトルクは生成されているので、筋張力の時間変化を最小にするという基準にも拡張可能なモデルとしている。 神経回路モデルによる最適軌道生成の手順は二段階に分けられる。(1)制御対象の順ダイナミクスを、学習によって神経回路内に獲得する。三層神経回路と制御対象とに共通の入力を与え、二つの出力が等しくなるように神経回路の層間の結合係数をバックプロパゲ-ション法によって修正する。(2)順ダイナミクスを学習した神経回路の出力に目標軌道を教示し、その誤差を入力として神経回路にフィ-ドバックし、同時に入力層の神経細胞間の電気的結合を活性化すると、入力層からの信号は、トルク変化最小の基準を満たす制御信号を生成する。 本研究によって、(1)トルク変化最小という規範が、生体の手先の運動を、単純な自由運動のみならず、経由点を指定した場合、障害物の回避が必要な場合などを含めて、よく説明出来ること、(2)上記神経回路モデルが、トルク変化最小軌道をうまく生成できることが明かにされた。さらに、カスケ-ド型神経回路モデル、逆ダイナミクスモデルによる軌道生成や、把持運動への拡張が検討された。
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