研究概要 |
1.「信仰」にあたるヘブライ語エムーナー, ないしその動詞形ヘエミーンの旧約聖書における用例分析を, 関根が担当した. この語は, 元来何かを信頼に値するものとみなす, という意味で必ずしも宗教的意味に限らない. 宗教的意味の用例は旧約中25例しかない. それは服従と同意であり, 神を恐れることを意味する. 信仰する当体は民であることがほとんどだが, 民は何故恐れ服する形で信仰するのかを, 神と民の創造と救済の歴史的パースペクティヴから説明しようと試みた. また旧約の用例の多くは信仰の欠如態への言及であり, 信仰が意識によるのはそれが拒否されたり断念されたりする場合であって, 信仰が現にある時は取り立てて言及されることが少ない, という特徴か何を意味するかを探究した. 2.新約聖書における「信仰」の概念の探究を佐々木が担当した. 当該ギリシャ語はピスティスで, この語は単に「信用する」といった意味でも用いられるが, 通常は宗教的な意味で用いられ, 対象は, 神, 神の言葉, ないしキリストである. そこでまず第一に, 信仰と不信仰の関わりを問うた. また, パウロによると信仰は愛ないし愛の行為と関連するが, 更に信仰・愛に加えて希望の三つは三元徳となっている. この点が旧約の場合とどう結び付くかを探究した(関根). なおヨハネの信仰理解もパウロに似ているが,その内容は永遠のロゴスとの関わりによって, 規定されている. 信仰とロゴスの関係についても研究を試みた. 3.以上の意味論的考察を踏まえて, 土屋が旧約と新約との場合で「信仰」概念がどう変化し, またどの点で同一性を保っているかを総合的に比較検討した. 更には他宗教の信仰概念との現象学的な比較をとおし, 「信仰」成立についての社会学的究明, あるいは心理学的な分析が併せなされた.
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