研究課題/領域番号 |
62510023
|
研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
土屋 博 北海道大学, 文学部, 教授 (30000607)
|
研究分担者 |
佐々木 啓 北海道大学, 文学部, 助手 (20178643)
関根 清三 東京大学, 文学部, 助教授 (90179341)
|
キーワード | 知識 / 旧約聖書 / ダガス / ヤーダグ / 新約聖書 / グノーシス / ギノースコー |
研究概要 |
1.旧約聖書における「知識」概念の分析を関根が担当した。「知識」にあたるヘブライ語ダガス、ないしその動詞形ヤーダグの用例分析をとおして、ヘブライ語に科学的な意味での「知識」の概念はほとんどないことが確認された。また、「知る」ことは、倫理的な善悪人の人間的な感覚であることも確認された。2.新約聖書における「知識」概念の探究を佐々木が担当した。当該のギリシア語はグノーシス(動詞形ギノースコー)だが、これまた科学的・客観的認識の意味合いは薄いことが確認された。このような意味論的知見を踏まえて、「知識」の概念と密接な関連を持つと考えられる新約聖書(とりわけヨハネ福音書)の言語的分析を行った。3.土屋が前記の両「知識」概念の総合的把握を試みた。ここでは旧約・新約の「知識」の理解が現代の客観性一辺倒の科学的知識との比較においてどのような示唆を与えうるかを問うた。特に「愛」・「信仰」と重なり合った「知識」というものが、宗教的領域を離れていかなる意味を持ち、またいかにして可能かを考察した。また併せて、現代の科学的知識の実態について思想史的な基礎確認、また他宗教、特に知の立場を重んじる仏教の場合との現象学的比較を行なった。4.以上の研究を踏まえて、聖書以後現代に至るキリスト教思想家の「信仰」・「知識」理解をたどると共に、われわれ自身のこの問題への結論を呈示しようと試みた。研究分担者(関根)の転出などのため、予定していた討論等を十分行なうことができなかったが、個々の研究成果・論文を相互に詳細に批判検討することによって、問題点を明確にできた。さらに今までの研究の延長線上で、旧約・新約の各領域・各文書にわたるより立ち入った言語的・思想的・歴史的検討が必要であるとの知見をえた。
|