アジャンター壁画はンド古代壁画を代表する作例である。インド古代の他の壁画や中世壁画と比べて、アジャンター壁画が古代壁画の一般的技法と様式を備えていると解釈してよい。アジャンター壁画は、大きく前期石窟と後期石窟壁画に分けられるが、その間には決定的な技法と表現の差がある。また後期石窟の中でも、第16・17窟等と第1・2窟等の壁画では、様々な点で差異が認められる。これは主として制作年代によるものであると考えられる。インド絵画史の古代から近世への展開に照らしてみて、アジャンター第16・17窟壁画において、インド絵画の基礎が完成したと言える。特に人物や動物の表現に、画家の細かな観察が典型的に現われている。また環境描写に大きな面積を割かぬ点も、後代まで続く特質として注目される。 一方、『ヴィシュヌダルモーッタラ・プラーナ』絵画論の内容とアジャンター壁画を比較した時、人物の描写方法等の点で、非常によく合致するのが確認される。つまり、同絵画論には古代壁画の伝統がよく反映されている。その反面で、同絵画論には、例えば季節の描写方法のように、インド古代壁画とは一致しない内容も含まれ、編纂年代については、かなり下がる可能性がある。しかし、古代壁画の技法・表現の解明にとって、同絵画論が有効であることは不変である。
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