仏像の武装形像は現実の甲冑そのものではないので、形式判別は難しいが、彫刻素材や仕上げの彩色により、革甲と札甲とに大別できる。またこの他に鎖帷子を表現するものもある。遺品の分布から見ると、ガンダーラには札甲の例があり、さらに西方のシリアのパルミュラにも同様のものが見られる。他方、中国・日本の武装形像では、下半身をおおう胴まといに彩色で描かれた小札がある場合があるが、大部分が革甲を着し、それを紐で締めている。この相違の原因が何であるかは明確ではないが、毘沙門天像に西方的な札甲の多いことは、この尊像の起源とも併せて興味深い事実であった。 武装形をとる尊像は、四天王(二天)、毘沙門天、兜跋毘沙門天、十二神装などに分けられる。これらの図像の問題も重要である。まず四天王像の、武器を執って振り挙げる手がどちらかという点に着目して分類すると、〓国・増長二天が互の内側または外側の手を対照的に挙げ、広目天は右手を挙げ、多聞天は左手に宝塔、右手に武器(戟・棒)を執るという形が基本であった。また十二神将では、十二支獣のない古式のものと、十二支獣を戴く新式のものの二種と大別できるが、そのきっかけが円心様といわれる図像であることが判明した。円心は十一世紀後半に活躍した画僧で、この頃から十二支獣のある十二神将が広く流行するようになる。なお四天王像と十二神将像については、仁和寺像を調査した際に新事実が判ったので、論文を発表した。
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