昭和63終了年度の初めには、本研究課題の基礎的・全般的な概要として執筆した「イディッシュ語と英語の相互作用」(『法政大学教養部紀要第65号 外国語学・外国文学編』)の抜刷およそ100部を先輩同僚諸氏に配付し、批判を乞うことができた。イディッシュ語を解する方からも、解しない方からも、幸い好意的なコメントと激励が寄せられた。とくに「イディッシュ語が、アメリカン・シオニズムや、ユダヤ系アメリカ文学とどうつながっているのか、具体例をあげての説明に得るところがあった」(アメリカ文学専門の稲田武彦氏)、また「言語学上の諸例をこえて、文化交渉の面白さをも物語っている」(ユダヤ史専門の宮沢正典氏)などの反響には力づけられた。 1988年5月「イディッシュ研究会」が都立大学独文研究室を本部として結成され、これを機に終了年度一杯かけて、研究課題の語用論的側面をさらに堀り下げようとしていた矢先、昨年度に引き続きアジア経済研究所の中東問題研究委員として、「ユダヤ系アメリカ人諸グループのイスラエル対策」をまとめるように委嘱された。勢い研究課題関連の作業は思うに任せず、購入した書籍・資料類の整理と閲読に限られた。しかし8月から翻訳を開始したNat Hentoff著Boston Boyは、ユダヤ系アメリカ人の間で未だに根強いリベラリズムが、イディッシュ文化から吸い取った養分の豊かさを示す好著で、イディッシュ語派生の語句・文体も頻出し、今後の研究に資するところ大であった。本書は、木島始氏との共訳で近く晶文社から刊行される。上記アジ研関連の論考(来夏刊行予定)においても、ユダヤ系アメリカ人のリベラリズムを吸う際には、本研究で得られたイディッシュ文化に関する知見が活用されよう。終了年度中に取りかかれなかった第二論文では、英語に乗り移ったイディッシュ的アイロニーの研究を拡大深化させて行きたい。
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