研究概要 |
前年度は多くの悲劇論の内容をいくつかの概念項目に従って区分け整理し、それらの論理的相互関係を明らかにすることを試みたが、今年度は一方において前年度にやり残した作業を続けておこなうと共に、地方において前年度の研究が浮かび上らされたいくつかの中心的問題点をギリシア悲劇およびエリザベス朝悲劇のいくつかの代表作に当てはめて、その有効性ないしは妥当性を照射することを意図した。その主なものを選んで考察の内容を以下に略述する。--(1)葛藤(agon,conflict):これはギリシア悲劇においては必ずしも不可欠ではなく、アリストテレスの『詩学』にも触れられていない。悲劇論の対象としてはヘーゲル以後に属するが、エリザベス朝悲劇は「葛藤」なくしては成立しない。(2)個人対宿命:ギリシア悲劇ではこの関係を探ることがその全体的意匠をなしているが、エリザベス朝悲劇ではそれを規範的(exemplary)に呈示することが根本となる。個人の中に宿命があるとする考えはルネッサンス以後の悲劇観の一部だが、エウリピデスにはそれに対応するものが認められる。(3)知と情感:悲劇の受容経験には人間存在のありようについての新しい認識を通じて獲得される知の面と、非理性的情感を通じて感動に至る面とがある。この二重局面はギリシア悲劇にもエリザベス朝悲劇にも見られる。(4)ヒューマニズムと不条理、意味と無意味のアンビヴァレンス:ギリシア悲劇、エリザベス朝悲劇のいずれを問わず、パトスの究極的意味の不可知性が全体を支配している作品が多い。
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