本研究は、レオナルドのアトランティコ手稿の1200枚の紙葉を年代順にグループ分けし、それぞれの紙葉に記された宇宙論に関するノートを分類し、レオナルドの宇宙論の発展を跡付けることを目的としている。研究初年度には、彼のフィレンツェ時代 (1482年まで) と第1ミラノ時代 (1483-99年) に書かれた紙葉を分類・整理した。その結果、レオナルドの初期の宇宙論について明確なイメージを持って論じることができるようになり、著書 『レオナルド・ダ・ヴィンチの謎』 (岩波書店刊、1987年) の第19章 「化石の謎」 において、彼のフィレンツェ時代の宇宙論を跡付けた。また、論文 「レオナルドの地球生命体説の変遷について」 ( 『イタリア・ルネサンス文化』 所収、1988年) は、彼のミラノ時代の宇宙論ノートにもとづいて書かれている。 63年度の研究は、レオナルドの1500年以後の紙葉の分類と整理に向けられたが、ここで1つ問題が生じた。彼の筆跡は、1500年頃までは時期ごとに変化するが、それ以後は一定するので、筆跡による紙葉の執筆年代推定が困難なことである。そこで筆者は、綴字法の違いによる執筆年代推定を企てた。たとえばcaとchaはいずれも同じ発音 (ka) であり、hはあってもなくても変らない。レオナルドは恣意的にhを入れたりいれなかったりしているが、それが入る頻度は時期によって顕著に異なる (chaと記す割合は1490年頃は80%、1505年頃は65%、1508年は25%) 。ただし、この方法で各紙葉の年代推定するには、まず彼のすべての手稿について綴字法の違いとその統計を調査しておかねばならない。従って、この方法による執筆年代推定は、今後の課題として残される。ともかくも、レオナルドの宇宙論に関するノートをすべて集め、その思想的発展の執跡を跡付ける試みは、2年間で一応完了した。
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