文字のないアイヌ語は現在その話し手がごく僅かの古老に限られるという瀕死の状態にある。しかし、アイヌ語の言語学的研究は日本語の起源や構造などの本質的問題にかかわる重要な課題であるにもかかわらず、言語学的分析に耐えうるような、正確な記述言語学的資料は僅かしかない。そこで、アイヌ語の北海道方言、樺太方言、千島方言とあるうち、その最後の話し手だった一人しか残っていない樺太方言の言語資料を、直接話し手から面接調査することによって収集し、整理するというのが本研究の目的である。 樺太方言の最後の話し手というのは、北海道の日高門別の町営老人ホームに住む盲目のおばあさん、浅井タケさん(87歳)で、昔話や叙情詩などの口承文芸を際限なく正確に覚えていて、快く教えてくれる、まれに見る素晴らしい方である。 浅井さんは、昭和59、60年度の総合研究A「ピウスツキ北方資料を基礎とする本周辺北方諸文化の総合的研究」(代表者加藤九作)の研究分担者として北海道全道にわたって樺太方言の話して尋ねて廻ったときに巡り会うことが出来た。 浅井さんは全盲で高齢であるにもかかわらず、とても元気で、私の度重なる訪問を喜んで迎えて、貴重な口承文芸を語って下さった。また、その後の面倒なチェックも懇切丁寧に応えて教えて下さった。 のようにして得た研究成果は、 (1)昔話などの口承文芸資料 (2)基礎語彙資料 (3)文法に関する資料であるが、このうち(1)の一部を研究成果報告書「樺太アイヌ語口承資料」 として印刷した。(2)(3)については後日まとめる予定である。
|