第2年度までの実績によって、個人的研究によっては有意義に使いこなし難い文献史料によってではなく、大量の古銭史料を基礎としたヨ-ロッパ学界での最近の知見によって、西欧中世初期における貨幣の使用状況についてのデ-タが、集積されていた。本年度はそれを全体的に整理・検討することによって、理論的考察を加えることとなった。 最近4半世紀におけるヨ-ロッパ学界での豊富な蓄積にも拘わらず、西欧中世初期の貨幣使用状況は、民衆の日常的生活というレベルでは、具体的に十分に明らかになったとは言い難い。しかし、デナリウス貨による銀本位制がすでに8世紀から確立し、それ以前よりは広い貨幣使用者層が存在したことは、ますます確認されている。 経済学の分野で行なわれつきた貨幣の理論的検討の中では、貨幣の内在的価値をその本質だとする学説が、銀貨という金属貨幣のみを用いている西欧中世初期については、より適合的だと考えらえてきた。しかし、デナリウス貨が銀内容に担保された金属貨幣ではあるが、造弊権力による操作の容易な対象であり、貨幣国定説を典型とする国家権力を重視する学説が妥当する性格もかなり強い。 経済人類学では、貨幣の諸機能が異なった素材による貨幣に担われるとする、特定目的貨幣概念が提唱され、西欧中世の貨幣がそれに当るとされることが多かった。しかし、デナリウス貨は貨幣の諸機能のすべてを十分に果しており、むしろ全目的貨幣とされるべきである。 社会・経済史と貨幣史との一般的叙述は、西欧中世初期に多くの頁を割くことが少ないが、総じてデナリウス貨による銀本位制の定義を、過小評価する傾向を示している。
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