本研究の目的は、巨大な自由度をもつ非線形散逸力学系のダイナミクスを、少数の巨視変数のそれへと縮約する為の理論を開発することである。これは主として以下の2の方向でなされた。(1)ハミルトニアンも存在せず、エルゴード性の有無や不変測度もあらかじめ未知の系に対して、平衡、非平衡統計力学の通常の問題を解き得るか、又それが可能な具体例をつくることができるか、という問題が考察された。具体的な大自由度系として、結合振動子の回転子模型を採上げ、引き込み相転移点近傍において秩序変数に関する閉じた発展方程式を導出することに成功した。また、この式をランジュバン型の式に拡張することにより、臨界ゆらぎに関する議論が可能となった。理論のポイントは、系が大自由度カオス系でありながら、第一近似として高次元トーラス上をエルゴード運動する系と見做される、という事実を利用する点である。(2)偏微分方程式系の縮約理論の一般構造の解明とフェイズダイナミクスの一般的定式化。extended systemにおけるパターンダイナミクスや弱い乱流現象の理論的研究の基礎として、フェイズダイナミクスの手法が注目されているのが、本研究ではフェイズダイナミクスの一般的定式化に成功するとともに、この方法が現在迄に知られているいくつかの代表的縮約理論と同一の理論構造をもつことが明らかにされた。 上述の研究以外に、当初研究計画の柱のひとつであった位相乱流方程式(KS方程式)の縮約問題についてもかなりの成果が得られつつあるが、公表論文にまで至っていない。又、縮約理論の観点からはやや離れるが、大自由度散逸力学系としての神経回路網のモデルにおける情報処理機構に関するいくつかの研究成果が分担者によってなされ、公表された。
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