雄コオロギは雌との交尾によって求愛状態から威嚇的・回避的状態へと転じる。本研究ではこの行動切り替え機構について、まずその要因を分析した。その結果、雄の交接器入力が重要であることがわかった(富士野・酒井1988)。同時に、その感覚情報を有効なものとするためには、求愛を通じての興奮性増大と背部接触入力による体の伸展性緊張が必要であることがわかった。人為刺激によって昆虫の雄の交尾期を終らせえたのは本研究が初めてである。 ところで、この精包放出を契機とした行動の切り替えは断頭実験から明らかなように、頭部の持続的抑制の強化によって行われるのではなく、交尾後数分間におこる胸部と腹部自身の反応性の低下が原因である(Sakai et al.1988)。従って、断頭標本において、交尾前と交尾後の状態がどのようにして異なるのか、また、その変化はどのようにしてひき起こされるのか、これをニューロンレベルで解明する必要があった。そこで、とりあえず風応答性巨大介在ニューロンの反応が交尾反応性の変化に伴ってどのように変るかを胸部縦連合から細胞外記録法で調べてみた。交尾反応性は除胸標本の生殖器への電気刺激により低下へ、また、頸部への刺激により上昇へと導いた。その結果、15%のもので交尾反応性が増大しているときには、介在ニューロンの風応答性は増大し、反応性が低下しているときは応答性は減少していた。しかし、残り多くのものは、このような行動レベルでの反応性とニューロン応答との間に顕著な対応性がなかった。今後、人為的交尾反応性の低下については、これが侵害性の影響による胸部・腹部レベルでの一過性抑制によるものか、伸展性緊張の消失によるものか、あるいは、交尾期の終了によるものなのか、これらを明確にし、行動とニューロンとの関係を明らかにしてゆく必要がある。
|