本研究の目的は、ゴカイの巨大ヘモグロビン(Hb)の分子構築の特徴と分子進化の特性を明らかにすることである。このHbには赤色のクロロクルオリンと緑色のクロロクルオリンがある。酸素運搬体として働くこの2種類のタンパク質は共に分子量が3×10^6と巨大であり、その構造については未知のことが多い。私はこれまで、ゴカイの1種イトメのエリスロクルオリンの構造についてアミノ酸配列の解析を主な手段として調べて、「イトメのHbの基本鎖は4種類のグロビン鎖であり、それぞれが48本、計192本集まって1分子を形成している」とする"192鎖モデル"を提唱している。 1987年に実施された研究では、イトメHb溶液にX線を照射し、その散乱線を解析することによって、分子のサイズは最大径が29.5±0.5nmと求められた。また、中間的なユニットとして直径10.8±0.2nmの粒子の存在が明らかになった。これらの知見を基礎にして、球体および楕円体を単位とする巨大Hbの分子モデルを組み、その散乱曲線を計算によって求めて、実験的に得られたイトメHbの散乱曲線と比較した。そして、150のモデルの中から散乱曲線がイトメHbのそれによく合うものを2つ選定した。これらのモデルは、先に提唱した"192鎖モデル"を概ね支持している。 また1988年にかけて、画像処理を含む散乱透過型電子顕微鏡およびアミノ酸配列解析でイトメHbの構造を更に詳細に調べた。電子顕微鏡像は初めてイトメHbの姿を鮮明に映し出した。その形状は6個のサブマルチプルが環状に並びそれが二重に重なっていて、そのサイズは径が28.4nm高さが18.2nmである。またアミノ酸配列の解析によって、4種の基本鎖内に各1本のSS結合があり、更に3種の鎖間に、IIAーIICーIIBなるSS結合が存在することが明らかになった。このことは"192鎖モデル"に従えば、一分子内に288本のSS結合が存在することを示している。
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