超音波による非破壊検査や、医学的診断に多用されるパルス反射法において、正体不明の異常な反射波ないし散乱波が観測されることが、近年内外において問題となりつつある。本研究はこの異常散乱波にはむしろ散乱体の物性に関する豊富な情報が含まれているとの見地から、その生成のメカニズムを理論的に明らかにすると共に、その波形解析により、いかなる情報が検出されうるかを研究することを目的として行われた。ここに異常散乱とは、物体の自由振動の共振振動数の近傍において、散乱波の振幅が異常に大きくなる物質と、逆に異常に小さくなる物質が存在し、その発生機序がよく判っていない現象をいう。本研究では初め、有限の大きさの音源のつくる近距離音場に置かれた球による散乱の理論を世界で初めて導出し、これを散乱研究の理論的根拠として種々の数値解析を行った。その結果、理論と実験のよい一致を見たが、散乱パターンが非常に複雑になるため、異常散乱データから球物質の物性を研究する手段としてはあまり適当でないと判断した。そこで異常散乱の効果はむしろ球に作用する音響放射圧を測定することによって、より選択的・強調的に観測されるとの予想のもとに、円形振動子の近距離音場に置かれた固体弾性球に作用する音響放射圧の理論の導出を試み、これに成功した。この結果、従来の散乱研究の手法と異なり、波の不要な成分が消失し物性研究に必要十分な成分のみが抽出されることが確認され、測定実験もきわめて容易になった。この方法によって異常散乱の生ずる機構を調べた結果、次の結論を得た。まず異常散乱の形態は、円柱や球など物体の形状には殆ど依存しないこと、また物質の密度にもあまり依存しないが、ポアッソン比・縦波速度・横波速度およびそれらの相対関係にきわめて敏感に依存することである。その結果、異常散乱の形態は極大型・極小型・混在型・平滑型の4種に分類されることが判明した。
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